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シンポジウム 「日常と 〈戦争〉 の境界のあいまいさ――過去と今ここをつなぐ回路を探す」/2026年10月12日(月・祝)13:30〜16:30

本シンポジウムは、昭和のくらし博物館「2026 年度企画 わたしたちのくらしからみる 戦争と憲法」について展示するリサーチ型プロジェクト「戦争と〈私〉をつなぐ物語を探す」と、 科研・学術変革領域(A)顔身体デザインC01班「死する身体/不在の身体」が共催します。

 

趣旨文:
戦争と日常の境界とは?
朝起きて食事して、仕事や学校へ行き、家族や友人と過ごす。そんな日々の暮らしの外側に〈戦争〉という非日常があると、私たちは考えがちです。しかし、人はある日を境に「日常を生きる人」から「戦争を生きる人」に変わるのでしょうか?

昭和のくらし博物館では、「わたしたちのくらしからみる 戦争と憲法」をテーマに各種企画展を開催中です。その一つ「戦争と〈私〉をつなぐ物語を探す」プロジェクト展で紹介している当時の日記には、日常の中に忍びこむ「戦争」と、「戦争」の中の日常が綴られています。

今回の関連シンポジウムには、福岡アジア美術館の五十嵐理奈さんと、ミャンマーを研究する土佐桂子さんにお話いただきます。
戦後生まれのマレーシアの現代美術家ウォン・ホイチョンは、戦時期に日本軍の捕虜となった父が、後に大阪万博を訪れてかつての「敵国」日本を旅した人生を、ドキュメントとアニメーションを交えた映像作品でたどり直します。一方、内戦が続くミャンマーでは、日常を生きていた市民が武器を取り、国軍の兵士もまた「国民」に銃を向ける側へと巻き込まれていきます。そこに見えてくるのは、日常と戦争、戦う者と戦わない者のあいだを揺れ動く、一人ひとりの生です。

過去の災禍を生きた人びとの言葉を、自らの手や声で「なぞる」大学生たちの試みも手がかりに、〈戦争〉を生きること、またそのことが今ここに暮らす私たちの日常とどうつながっているのかを、会場のみなさんとともに考えます。

 

日 時:2026年10月12日(月・祝)13:30〜16:30(13:00開場)

会 場:大田区鵜の木特別出張所大田区南久が原2丁目30-5) *昭和のくらし博物館(大田区南久が原2-26-19)より徒歩1分

参加費:無料 *昭和のくらし博物館を見学される⽅は別途⼊館料(現金のみ)が必要です。博物館の受付にてお支払いください。

参加方法:こちらのフォームよりお申込ください https://forms.gle/iVpD3MiKKRyJxc8EA

共 催:学術変革(A)顔身体デザインC01「死する身体/不在の身体」(25H01232)・ 昭和のくらし博物館

Grant-in-Aid for Transformative Research Areas (A) Face-body design C01 The body in death / The body in
non-existence (25H01232)顔身体デザインC01「死する身体/不在の身体」

https://face-body-design.tamacc.chuo-u.ac.jp/index.html

 

プログラム:
13:30–13:35 開会挨拶

13:35–13:50 下中菜穂(昭和のくらし博物館)

  2026 年度企画 わたしたちのくらしからみる 戦争と憲法——「戦争と〈私〉をつなぐ物語を探す」プロジェクト展について

13:50–14:05 丹羽朋子(国際ファッション専門職大学)

 〈不在の身体〉の生をなぞる大学生との協働——戦時期の少女の日記 と 大川小学校の津波事故の「再演」から

14:05–15:50 五十嵐理奈(福岡アジア美術館)

 日本軍の捕虜だったお父さんは、戦後大阪万博へ——マレーシアの現代美術家ウォン・ホイチョンの試み

14:05–15:50 休憩

15:05–15:50 土佐桂子(東京外国語大学)

 戦いに巻き込まれていくこと——ミャンマーの内戦から考える

15:55–16:25 質疑応答・対話

 コメンテーター:河合文(東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所)

16:25–16:30 まとめと閉会

イベント終了後、昭和のくらし博物館の企画展を見学できます(入場料別途)。

*本イベント参加者は18時まで見学可能です。

 

プロフィール:

五十嵐理奈(いがらし・りな)
福岡アジア美術館学芸員(収集展示係長)。専門はアジアの近現代美術、文化人類学。
90年代末に在日バングラデシュ人コミュニティのフィールドワークをし「バングラデシュ・フェア」を一緒に立ち上げる。99~00年に刺繍布製品ノクシ・カンタの調査のため、インド国境に近いバングラデシュの村に滞在。バングラデシュやベンガル地方、ミャンマーを中心にアジア美術の生まれる現場を文化人類学な視点で研究。
これまでに企画した主な展覧会は、「ベンガルの刺繍カンターその過去と現在」展(2001)、「魅せられて、インド。-日本のアーティスト/コレクターの眼」(2012)、「もっと自由に! ガンゴー・ヴィレッジと1980年代・ミャンマーの実験美術」(2012)、「ヒンドゥーの神々の物語」(2021)、「この手が未来を編み直す」(2025)など。また、「福岡アジア美術トリエンナーレ」(第3回2005,第4回2009,第5回2014)を共同企画。2019-2023まで交流プログラム(アーティスト・イン・レジデンス)を担当。現在、今秋開催の「アジア美術の歩き方 南アジア特別編 対立の先へ〜光の水脈をめぐる旅」展を準備中。http://faam.city.fukuoka.lg.jp/

土佐 桂子(とさ・けいこ)
東京外国語大学・名誉教授。総合研究大学院大学文化科学研究科比較文化学専攻博士課程修了、博士(文学)。主な著作に『ビルマのウェイザー信仰』(勁草書房、2000年)、『東南アジア文化事典』(丸善出版、編著、2019年)、『転換期のミャンマーを生きる:「統制」と公共性の人類学』(風響社、編著、2020年)、『現代ミャンマーにおける社会支援の人類学:協会(アティンアポェ)をつくる』(明石書店、編著、2026年)など。

お問合せ先:kaoshintai.aa@tufs.ac.jp
*お申し込み後のキャンセルのご連絡等もこちらのメールアドレスへお願いいたします。

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科研・学術変革領域(A)顔身体デザインC01「死する身体/不在の身体」
科学研究費補助金学術変革領域(A)「顔身体のデザイン:実践・実証・設計に基づく顔身体の深化と昇華」のいち計画
班。生と死にかかわる身体の地域多様性について、文化人類学・芸術等の横断的視点から横断的視点から考察を試
みる。猟採集民の弔いや、芸術実践における死の表現、日本画に描かれる身体などをとりあげ、実証と実践をつなぐ
取り組みを行っている。(本企画担当:丹羽朋子、河合文)
本科研についての詳細は下記リンク先をご覧ください。
https://face-body-design.tamacc.chuo-u.ac.jp/index.html

各発表内容
[15分]■下中菜穂(昭和のくらし博物館 副館長)

「2026 年度企画 わたしたちのくらしからみる 戦争と憲法——「戦争と〈私〉をつなぐ物語を探す」プロジェクト展について」

[15分]■丹羽朋子(国際ファッション専門職大学 准教授)

「〈不在の身体〉の生をなぞる大学生との協働——戦時期の少女の日記 と 大川小学校の津波事故の「再演」から」
戦争や災害等の過去の災禍を生きた人々の記憶や経験。そこから距離の遠い私たちは、いかにしてその出来事の「継ぎ手」となりうるのか?本発表ではこの問いを起点に、昨年に都内の大学授業で行った二つの試みを紹介する。一つ目は、昭和のくらし博物館に寄贈された戦時期に若い一人の女性が綴った手記を紐解くこと。二つ目は、東日本大震災で74名の児童と10名の教師が犠牲になった大川小学校の津波事故をめぐる会話劇《51分と13年》(制作:野口靖・三行英登)を「再演」すること。両者に共通する、手や声という自らの身体をもって「なぞる」体験を通じて、他者、とりわけ直接話を聞くことのかなわない「不在の身体」の生きた記憶を分有する方法について考えたい。

[45分]■五十嵐理奈(福岡アジア美術館 学芸員)

「日本軍の捕虜だったお父さんは、戦後大阪万博へ——マレーシアの現代美術家ウォン・ホイチョンの試み」
福岡アジア美術館が所蔵する、マレーシアを代表する現代美術作家ウォン・ホイチョンによる、日本軍政下のマレーシアをテーマとした1989年と2009年の2本の映像作品を紹介。一番身近である父親の戦争体験とその後の人生を、息子である作家が理解しようと試みる過程そのものが、作品という表現をとおして私たちに提示される。
本発表では、1940年代初頭の日本軍政下のマレーシアを語るインタビューとパフォーマンスによる映像作品《粛清》(1989年)と、その20年後に制作された、暴力的で不合理な戦争の現実と白昼夢のような空想世界が交錯する実写とアニメーションによる短編映画《暗い穴》(2009年)を取り上げる。父は日本軍の捕虜として過酷な経験をした一方、戦後には大阪万博を訪れ、日本というかつての「敵国」を旅する。その人生は、人間の複雑な時間を映し出している。
また、息子である戦後生まれの作家は、その経験を映像という表現へ変換することで、過去の戦争を現在の日常へ接続させる。本発表では、父子二世代にわたる戦争の経験への向き合い方をたどりながら、戦争と日常の境界のゆらぎについて、また美術館という場でこれらの作品を現在の日本の私たちが「見る/見せる」ことについても考えたい。

[45分]■土佐桂子(東京外国語大学 名誉教授)
「戦いに巻き込まれていくこと――ミャンマーの内戦から考える 」
戦後八〇年を経て、私たちにとって戦争は徐々に遠い出来事となっていく側面もある。しかし世界の各地では、今も戦闘が続いている。
本発表では、ニュースで取り上げられることは少なくなったが、なお内戦状態にあるミャンマーを取り上げる。ごくごく普通の一般市民が、いかにして戦いに参加し、武器を取るようになったのか。一方、国軍の将校・兵士たちも、なぜ戦いに赴き、本来守るべき「国民」に銃を向けることになったのか。
私が話を聞けたのは、負傷したり、あるいは軍を離れたりして、今は戦いの縁(へり)に退いた人々である。彼らの語りから、市民と「軍人」とが、それぞれの形で戦いに巻き込まれていく様相を考えてみたい。
さらに、戦いが戦いを呼ぶ連鎖も無視できない。加えて、遡ればミャンマー国軍を生んだ一因もまた、独立ゲリラを支援したかつての日本軍にある。――戦争が「遠い出来事」とは言い切れない縁(えにし)もそこに見いだすことができる。

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